Sleeping Over




深夜2時、疲れた体をベッドに横たえる。

スプリングが程よくきいたマットに体を沈ませる瞬間はとても好きだけれど、

この先に訪れる長い長い静寂の時間は、正直言って苦手だ。


『極度に疲れていると、逆に眠れなくなることがある』
 
と、何かで聞いたような気がする。

まさに最近の俺かな・・・なんて少し思ってみたり。

大学の講義と『修行』の日々。

毎日の時間は常に秒単位でスケジュールが組まれる。

ピリピリした生活の中で、頭と体をフル活動させるせいで、詰め込めるだけ知識を詰め込んだ頭はパンク寸前。

限界まで酷使した体は故障寸前。

こんな生活があと3年半も続くと考えるだけで嫌になる。

何もかも捨てて逃げ出して、日本に帰りたい・・・と、本気で考えてしまう。



姿勢を正して、胸の前で軽く手を組んで、ゆっくりと目を閉じる。

こんなにかしこまって寝る必要なんて全くないのだけれど、癖になってしまったのだから仕方がない。

NYに来てからの儀式みたいなものだ。

こうすれば、必ず眠りに落ちる・・・なんて勝手に思う。



闇と静寂の中、こうして目を閉じているとガキの頃のことを思い出す。

物心ついた頃から自分の部屋で眠らされていたっけ。

どれだけ人恋しくても、どれだけ淋しくても、本を一冊読み終えると自室へ下がってしまうタマに、


『今日は一緒に寝てやってもいいぞ』


と何度も言った。

そのたびにタマは

『タマは別にぼっちゃんと一緒に寝たくないですが・・・1人はお淋しいですか?』


と苦笑した。

今思えば巧妙だよな。

『淋しいですか?』って聞かれて、うんと素直に答えられるようなガキじゃないって、タマもわかってたんだ。

わかっててわざとそう言って、結局暗い部屋に1人取り残された。



物音ひとつない暗闇。

そこは何故だか『死』を連想させられて、泣きたくなるほど怖かった。

この世界に誰もいなくなって、俺だけが取り残されたような気がした。

こうしてびくついてる間に、死神がやってきて俺のタマシイを抜いて行ってしまうんじゃないかとか。

あとどれくらい生きていられるのかな・・・なんて考えて、急に泣きたくなって1人で慌てた。

眠ってしまったらきっとそのままタマシイを持っていかれるから、ずっと起きていよう・・・と、

毛布にくるまってぎゅっと目を閉じた。



結局、いつの間にか眠ってしまった俺は、朝の光とタマの声に起こされる。

『うるさい!』なんて悪態つきながらも、死神にタマシイを持っていかれずに済んで

生きていられてよかったって、心の底からほっとしたんだ。




今はあの頃の俺じゃないから。

何も知らない、怖がりで弱虫な俺じゃないから。


夜の闇に怯えることも、来るはずの無い死神に怯えることも無くなった。

夜の静寂が思い起こさせるのは、日本に残した愛しい彼女の姿。




元気でやってるのか

悲しい顔をしていないか

ちゃんとメシ食ってるのか

ちゃんと学校通ってるのか


勉強して バイトして 友達と笑って あいつらに囲まれて

俺のこと考えてるか?
俺がいなくて、淋しいって思ってくれてるか?



俺に、会いたいか・・・?



考えると不安になる。

気が狂いそうに不安になる。

でも考えても仕方ないから。

時計の音と呼吸のリズムを意識して合わせる。

息を吸って、吐いて。

でも、考えてるうちにどんどん苦しくなってきて・・・


無理やりにでも彼女の笑顔を思い浮かべようと、必死で記憶を探る。

でも、慌てれば慌てるほど、記憶の中のモンタージュは崩れていく。

こんな顔じゃない、こんな表情はしない。

焦れば焦るほど別人になるから。


「・・・・・・」



大きく深呼吸。

気持ちを落ち着かせる。

闇と体が少しずつ溶け込んでいくような錯覚がして、次第に体が重くなっていく。


次第に浮かび上がるモンタージュ。

儚いけれど微笑んだ牧野。









   ・・・・・やっと会えた

  無意識に手を伸ばそうとして、でもやめた。

  モンタージュは出来上がっていないから。

  手を伸ばして消してしまって、幻なんかにしたくない。

   

  1人だと思っていた彼女は、実は誰かと一緒にいる。

  完全に浮かび上がった2人の姿。


  ああ、そういうことか・・・


  なんだか安心してしまって、


  今まで冴えていた頭が嘘のようにぼやけていく。


  牧野の隣に立ったのは、誰でもない、自分。






なあ、たまには夢の中で会えたりしないのかな?俺たち。

そしたらさ、俺牧野の腕引いて、こっちへ連れてきちまうんだけどな・・・






色々考えてたけど、次第に思考回路は休止モード。

せっかく思い浮かべた牧野の姿も、次第に闇に飲まれていく。



・・・おやすみ



さっきの微笑んだ顔で、牧野が夢に出てきたら嬉しいと思う。

いつの間にか隣に立つ俺は彼女の肩を優しく抱いて、そっと口づけするんだ。

きっと牧野は怒って顔を真っ赤にするだろう・・・





この先ももっともっと考えてたいけど、もう限界。






続きは、夢の中でゆっくり堪能することにするか・・・・・
                                  








   Fin