―― あいつ、どんな顔するかな?



街を歩いていたら確実に注目を浴びるであろう整った顔立ち、無駄なく適度に引き締まった細身の長身、特徴的な強い癖のある髪形。

道明寺司、22歳。



道明寺財閥に対する恩返し、のつもりでNYへ渡って家の事業を手伝っていた約束の4年が過ぎ、日本へ帰る途中だった。
彼は、元々整っていた顔立ちもますます端正に男らしくなり、4年前まだ高校生だった頃の全体的な幼さが抜け、社会人としての貫禄も備え、ブランド物のスーツが自然に肌に合う大人の男になっていた。
行く前に宣言した通り、この4年間は一度も日本へ帰らなかった。やらなければならない仕事が多すぎて帰る暇もなかったというほうが正しいかもしれない。

『4年は戻らねーと思う』
そういった司に、つくしは、
『道明寺がそう決めたんだから、私は日本で待ってる』
いつものように、強い意志を宿した瞳をしてそう言い切った。
つくしとは4年間一度も会っていなかった。

そして今、司は日本へ向かう飛行機の中にいる。―― 4年ぶりに、自分を待つ愛しい彼女を抱きしめる為に。

























      



「お帰りなさいませ、司様。お久しぶりでございます」

空港までは迎えの車が来ていた。学生時代、いつも送迎をしてくれていた司専用のお抱え運転手だ。

「青山まで行ってくれ」

乗り込むと同時に運転手にそう告げると、まっすぐ家に帰ることを想定していたのであろう、運転手は一瞬不思議そうな顔をしたが、かしこまりましたと何も聞かずに車を発進させた。
司は乗りなれた車の久しぶりの心地よさに身を委ね、目を閉じる。


はっきり何日の何時に帰れるという目処が直前まで立たなかったので、今日帰国するということはF3にもつくしにも、誰にも言ってなかった。
仕事が終わったと同時にそのままNYを発ってきたのだ。


―― すぐにでも会いたい、会ってあいつを抱きしめたい。あいつの笑顔が見たい。


つくしの勤めている会社の名前と場所は、つくしが勤め始めた時に聞いた。
その会社の就業時間やつくしの通勤経路などはもちろん知らないが、司は今日のうちに必ず会えると確信していた。
何の根拠もない、司の野生の勘。鈍った気配はない。

―― 突然俺が現れたら、あいつ、どんな顔するかな。
―― びっくりした顔をして、丸い目をますます丸くして「道明寺」って言って、それから…










「司様、青山付近に参りましたが、どういたしましょう」

運転手の声に司が目を開けると、ちょうどつくしの勤める会社近くの信号で車が止まっていた。

「ここで降りる。あと自分で帰るから」

そう告げて自分でドアを開け道路に降り立つ。
途端、街の雑踏の騒がしさとむっとした人いきれが司を包んだ。
その不快さに一瞬顔をしかめた司だが、それが徐々に「日本へ帰ってきた」という実感に変わる。
NYとは違う日本独特のこの雰囲気。
ちょうど夕暮れ時で会社が終わる時間にあたるようで、あちらこちらのビルから人の波が続々と押し出されてくる。

しかし、これだけの人波の中でも、司の目は迷うことなく一人の女性を捉えた。
色白で華奢な肢体、背中の中ごろまである艶やかな黒髪、意志の強そうな大きな瞳。
4年ぶりに見る愛しい人。




  

                       



                              

彼女は司がいるのと逆方向に歩いていこうとして、何を思ったか一旦立ち止まりちょっと首をかしげ、それから方向転換をして司の方に向かって歩いてきた。

司が声をかけようと立ち上がりかけた時、彼女は視線を感じたのかふと司のほうに顔を向ける。




2人の視線が絡み合い、時間が止まる。
雑踏の中にいるのに周りの音が何も聞こえなくなる。
お互いに見つめあい、視線に束縛されたように動けなくなる。




どれだけの時間が経ったのだろう。ほんの数秒だったかもしれない。
沈黙を破ったのはつくしのほうだった。

「ど…みょう、じ?」

瞳を見開き、呟くように言葉を漏らす。
その言葉は本当に微かなもので到底司まで届くようなものではなかったが、司には確かにつくしが自分の名前を呼んだのが聞こえた。

司がゆっくりと近づくと、つくしはまだ信じられないという表情をして、

「ほんと…に?本物?」

と司を見上げて聞く。

「自分で確かめろよ」

司はつくしの両手を持ちあげて自分の両頬を挟むように当てた。

「ホンモノ、だろ?」

司の実在を確認するように、頬に当てたつくしの手に僅かに力が入る。

「あれから、4年経ったんだぜ」

司の言う意味を理解して、つくしの大きな瞳に涙が浮かんでくる。
つくしの涙を細く長い指ですくい取り、司はゆっくりと言った。

「ただいま」

その言葉を聞くとつくしは、司が4年間ずっと見たいと思っていた極上の笑顔で微笑んで、

「おかえり!」

と司の腕の中に飛び込んできた。




      






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