幻の109
 ボツになった109です。
 
109:幻編


 今日の帰りは、いつもと少し勝手が違う。隣に田村がいることはいつもと同じだけれど、反対側の隣には、いつもいない直井がいる。いつもの明るさはどこへやら、俯いて、3歩歩く度に溜め息吐いちゃって。そのどんよりと重たい空気に、思わず田村と目を見合わせた。


 昼休みに右手を握られ、思わず頷いちゃった俺。その後、すぐに『助けて欲しい内容』を話してくれると思ったんだけど・・・がらりと扉が開いて、あやのちゃん――まさかまさかの、直井の彼女さんであり、我らが6組の副級長さんだ――が教室に入ってきた瞬間、直井はぱっと手を離し、『そ、ソウイウコトで放課後に!』と敬礼をし、慌てふためきながら、再び教室を出て行った。その場に残された俺と田村は、訳もわからず呆然。あやのちゃんをちらりと盗み見たけど、いつもと違う様子は・・・ない。自分の席について、隣の席の女子と仲良く談笑してて。うん、あの笑顔はいつもと一緒だ。こう、見てると思わずのんびりした気持ちになっちゃうあの笑顔。っつーか、頭のいい子だから、もし万が一嫌なことがあったとしても、自分の心の内なんて、俺や直井みたいに外には出さないだろうけどさ。

『・・・腹でも壊したのか?』

 あやのちゃんとの事を知らない田村は、のんきに――でも心配そうに――そう言ったけど、果たして直井とあやのちゃんの仲をばらしていいのかどうなのか、ビミョーに困った俺は、あはは・・・とだらしない笑顔を浮かべてごまかしてみた。もちろん、俺のことなら大抵わかってる田村は、そんなもんじゃごまかされてくれるはずもなく。でも、周りの空気を読むのが上手い田村は、『あやのちゃんが教室に入ってきたと同時に直井が出ていった』という事実をきちんと把握してるわけで。それを口に出すことはせず、俺をじっと見て、ふぅん・・・と2,3度頷いた。

『・・・な、何さ?』
『いや・・・別に』

 もしかして顔に出ちゃってるかな・・・とか、もしかして、『直井とあやのちゃんは付き合ってます!』って、顔に浮かび上がってるかな――ありえないけど――とか、馬鹿なこと考えてたら、田村が俺の肩をポンポンと叩いて、『頑張れよ』と言った。

『・・・はぁ?』

『お前も、たまには相談「する」側じゃなくて、「される」側に立つのもいいと思うぞ。人生なんでも経験が全てだ。直井を幸せにしてやれ』

 なんて、意味不明なことを言われた。そうこうしてるうちに予鈴が鳴って、何が何だかわからないままに昼休みは終了したのだけれど。



「・・・・・はぁ・・・」


 これで何度目の溜め息だろう。思わず『お前、幸せ逃げるぞ・・・』なんていうベタな突っ込みをしてしまう。隣に立つ田村に、『お前それはないだろ・・・』とやっぱり突っ込まれるけど、さぶくても何でも、この妙な空気を打破できるんだったらどうにかしなきゃ。とにかく、このままじゃ暗すぎて何ともならない。

 約束――約束したかどうか、と言われたら定かではないけれど――通り、授業が終わったあと、直井はじっとり暗く沈んだ空気をまとって俺の席に来て、『今日はよろしくお願いします』と言った。その言葉遣いがあまりにも丁寧だったので、俺までつられて『いえいえこちらこそ・・・』なんて頭下げちゃって。後ろの席から俺らの様子を見てた――というよりも観察してた田村に笑われた。

『じゃ、俺先に帰るから』

 頑張れよ・・・と口パクで言い、田村は教室を出て行こうとしたけれど。

『・・・どした?』

 まさかの早業で、直井は前の扉から教室を飛び出し、昇降口へ向かおうとする田村の肩を掴んだ。直井を追いかけた俺もそれにはびっくり。相変わらずじっとりした目で田村を見て、『一緒に来てよ・・・』と、言った。

『だって、草野だけじゃ不安だし、草野が暴走した時、多分田村じゃないと止められないもん』

 ・・・っておい!俺に助けて欲しいんじゃなかったのかよ!!流石の俺も、この言葉には腰砕けだ。っつーか、昼休みも、直井がホントに頼りたかったのは田村なのか?なんか、ビミョーにショックなんですけど・・・

『一緒に行くのはいいけど・・・お前は俺がいてもいいのか?』

『いい。全然いい。っていうか、むしろいて。昼休みに、田村と草野が一緒にいたのも、きっと何かの縁だから』

 そう言って頭を下げる直井に困惑しながら、後ろに立つ俺を見る。俺だって困惑だよ。草野じゃ不安って、俺じゃ不安って・・・ちょっと、その言い草は酷くないですか?直井くん。だったら、最初から田村の手を握って『助けろ!』って言えばよかったじゃん!!

 ・・・などと、回想しつつ愚痴をこぼしたところでどうなるわけでもなく、バスに乗り、田村家までの道のりを歩く――どこかへ寄り道、とも思ったけど、制服でのこのこ出かけて先生らにばれてもいやだし、何より、このどんより直井を連れて店に入るのは憚られた。どうせなら、田村家で心行くまでどんよりしてもらおうじゃないか。草野家、って事も考えたけど、ウチの場合だとあの失礼極まりないバカやどこまでもわが道を行く妹に邪魔されかねない。そう思うと、田村はホントにいいよなぁ・・・と思う。自分の部屋2つも持ってて、その上うるさい輩もいない。どうして同じ清く正しい男子高校生なのに、置かれた状況はこうも違うのだろう。俺も、溜め息つきたくなってきた・・・

 直井の何十回目の溜め息の後、ようやく田村家に到着。田村がバッグから鍵を取り出したので、『おばさんはお出かけ?』と尋ねる。


「朝、荷物まとめて家飛び出した」

「・・・その言い方、何か怪しいんですけど」

「姉貴んとこ行った。でも1番適切な表現だったんだけどな」


 まあどうぞ・・・とドアを開けた後、片手を差し出して促す。最初に俺が入って、続けて直井が入って、最後に田村がドアを閉めた。『お邪魔しまーす』と言いながら――誰もいないってわかってても、やっぱり無言で人様の家に上がりこむのはマナー違反だから――靴を脱ぎ、勝手知ったるナントヤラ、で階段を上っていく。首だけで振り返って『どっち?』と聞くと、田村は『2』と答えた。No,2の部屋、つまり勉強部屋だ。ドアを開けて中へ入ると、『着替えて何か持ってくる』と、田村は隣の部屋のドアを開けた。


 適当な場所に荷物を置き、適当な場所に座る。直井もほぼ同じようなことをしたけれど、1つだけ大きく違う。俺は胡坐をかいてるのに、直井は正座をして妙にかしこまっている。そしてやっぱり俯きながら、はぁ・・・と大きく溜め息をつく。


「・・・なあ、何でそんなに暗いの?」


 もう溜め息はいいよ・・・と思いながら、直井にそう聞く。返事なんてないだろうなぁ・・・と端から期待していなかったんだけど、今回だけは何故か。しばらくの沈黙の後、『悪かったな・・・』という小さな声が聞こえた。


「もうね・・・俺とにかく誰でもいいから縋りたくて、田村にも聞いて欲しくて無我夢中で引き止めたけど・・・冷静になって後から考えたら、お前に対してちょっと酷いこと行ったかも」

「・・・ちょっと、っつーのはどうかと思うけど」


 俺だけじゃ不安だし、暴走したら困るって・・・俺はそんな沸点低くないし、少しは頼りになるっつーのね。・・・あ、ごめん。今のウソかも。正直、自分ひとりじゃ不安だったし、直井が田村を引き止めてくれて、助かった・・・って思ったし。


「マジで悪かったって。でもさ・・・」


 膝の上の拳を握って、肩をふるふるさせる。あ、何か背中に嫌な悪寒が走ったんですけど・・・ヤバイかな、何か来るかな・・・と身構えたと同時に、昼休みと同じように直井がキッと俺をにらみ、そして何故か座ったままの状態から体当たりしてきた。直井に突き飛ばされながら、なんであの体制から体当たりができるんだ?!と、どうでもいいコトを考えて、そして床に激突。そこで終わればよかったんだけど。


「ぐぇっ!・・・・」


 地球には重力が存在する。つまり、体当たりして今は中に浮いているはずの直井だって、それに引きずられていつかは地上に舞い戻ってくるってスンポウだ。そして運の悪いことに、その着地点が偶然俺の上だった。直井の全体重で身体を圧迫されながら、どうしてこんな目に遭うのかなぁ・・・と考えずにはいられないのであった。





sweetberry
2006年08月19日(土) 12時34分20秒 公開
■この作品の著作権はsweetberryさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
109は実は書き直ししたものをUP。
ポンちゃんお手数おかけしました。

このままボツにしておくのはもったいない(笑)のでここにUP!!

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DqFnbjFeWeUpwtHwKpj Barnypok ■2017年04月02日(日) 15時16分27秒
StvRQVKbbybEiOY zscajz ■2014年03月15日(土) 14時08分15秒
すみません・・・・いろいろ乗り移って、支離滅裂になっちゃいました。 ポン ■2006年11月05日(日) 19時21分36秒
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