俺が好きなもの。
初夏の日差し、緑の木陰
木漏れ日とやさしい風に抱かれて、まどろむひととき。


















いつもの場所に向かって、
いつものようにドアを開けると、
いつもの風が迎えてくれる。
いつもの壁に背中を預けて、
いつものように座りこんで。





ふとポケットの中に手を突っ込むと、丸い物体が二つ三つコロコロしていて、
ほんのりと立ち昇ってくる甘酸っぱい香りにくすりと笑って、
そのまま、俺はゆっくりと目を閉じた。




初夏の日差しは一日ごとに力をつけてきていたけれど
しっかりと強くなってしまう季節までには、まだまだ時間があって、
ここを吹きぬけて行く風は心地よいから、
木立の影の下で、ゆらりゆらりと眠りの中に誘われていく。








眠りの中へ、夢の中へ。








ふと気がつくと、俺はやっぱり木陰に座っていて、
緑の木の葉がゆらゆらと影を落としていて、
やわらかな風が頬を撫でていく。





でも…たぶん、これは…夢…のなかで。





なぜって、俺は着物なんてものを着ていたから。
そして、たぶん脇差っていうもの…だと思う…を腰に差していたし、
いくらなんでも、ちょっと変だと気が付いた俺は
なんだって、こんなことになったのか考えてみようか…とも思ったけれど
やっぱり日差しはきらきらしているし、
吹き抜けてくる風は気持ちいいし、
緑の影はゆらゆらしているし、
目蓋が重くなってくるのには、とてもじゃないけれど逆らえなくて、
うつらうつらと、眠りの中へ夢の中へと。


ところが、
その時ポトンと何かが膝の上に落ちてきて
重くなりかけていた目蓋をしっかり持ち上げてしまって、
俺は思わず、周りを見まわすことになったわけで。






ま…どっちみち、夢の中のお話だけど。






さて、膝の上に落ちてきたのは、緑も鮮やかな梅の実で、
見上げてみれば、俺の頭上に青々とした枝を広げていたのは大きな古い梅の木で、
どうやら俺はその梅の木の側にある白い土塀にもたれて居眠っていたものらしく。


でも、実が落ちるほど強い風は吹いていないはずなのにと、首を傾げていると
土塀の向こうから、誰かがぶつぶつ言う声が聞こえてきた。
どうやら地面を蹴る音もしているものらしく、
何やら孤軍奮闘しているものがいるらしい。


それで側にあった庭石に足をかけて枝の間から塀の向こう側をのぞいて見ると、
そこに居たのは、やっぱり着物を着ている牧野だったりするわけで、
しかも、昔風に髪を結い上げているものだから、まるいおでこが丸見えで、
その大きな目をクリクリさせながら、なぜだか梅の実をにらんでいるし、
「…もう少しで取れるのに…」なんて、ふくれっつらをしながら、
ぴょんぴょん跳び上がってるのが、なんともおかしくて、
思わずくすくす笑ってしまった。


笑い声が聞こえたのか、妙な顔をして見回しているのも、またまた笑えて笑えて
調子に乗って、手近な枝をゆさゆさと揺らして見みれば、
口をポカンとびっくりしているのも楽しいし、
揺られた枝の梅の実が二つ三つ頭上に降ってきたのに、
「…わっ…!」なんて飛び退ったのも、またかわいくて。
俺はついつい大きな笑い声を上げてしまった。


「…だれっ!!」
今度は真っ赤な顔をして怒り出すから、
ウラの木戸を開けて外に出て、後ろからそうっと近づいてみた。
「ま・き・の!」 
「うわわ…びっくりした。」と腰を抜かさんばかりで、
本当に期待した通りの反応をしてくれる。
「な・な・なんで、花沢類がこんなところにいるの…?」って不思議そうな顔をするから、
「ここ、おれの家だよ…?」って答えると、
きょとんとした顔をして、大きな瞳をまたまた丸くする。
「あ・あ・あんたって、どっかのお大名の若様だったりするの…?」
なんて、真面目な顔して尋ねてくるから。
「う〜ん、そうかもしれないね。」
にっこり笑って答えておこう。


                     



だって、夢の中の話だからね。







「なにしていたの…?」って尋ねてみれば、
何だかきまりが悪そうにもじもじしているから。
「梅の実が欲しかったの…?」って聞くと
こっくりうなずくのが見えた。
「いいよ、こんなにたくさんあるのだから、とっていけば。」って言えば、
「ほんとっ…?」って顔をぱっと輝かせるから、
「じゃ、入って中から採るといい…。」と
その手を引いて、二人いっしょに木戸をくぐった。


中に入ると、何のために来たのかすっかり忘れちゃって
「すごいね…、広いね…。」なんてきょろきょろ見回しているものだから、
「こっち、こっち…。」と手をひいて奥へと進んでいく。
途中、池をのぞきこんで、
「わぁ!大きな鯉がいるよっ!!」なんて騒いでいるし、
そのくせ、どっかの名匠が作ったという灯篭なんか、
「なんか変な恰好してる…。」の一言で片付けられちゃったし。
ま、確かに奇妙な形だと思うけれどね。


梅の木のそばまで来ると、駆けよって
「とても大きな立派な木だね…。」って見上げている。
本当に古くて大きな木なんだけれどさ、
「春にここを通りかかったら、すごく綺麗に花が咲いていて…だから。」
「きっと、実もりっぱなのが実るのだろうな…って。」
春に花が咲いたところを見て、実のことまで考えるのなんて、本当にあんたらしいと思うよ。
また笑い転げていたら、スゴイ目で睨まれちゃったけれど。


それからがまたまた大変で、
なんてったって、牧野ときたら何でも自分でやらないと気が済まない性質だから、
いきなり着物の裾をからげて梅の木によじ登ろうとするものだから
白いふくらはぎが丸見えで、俺はすこしばかりドキドキしてしまうし、
でもそんなこと知られてしまうわけにいかないし、
でも変だよね、スカートならいつも見えているはずなのに…。






どうせ、夢の中の話だけどさ。







「とってやるよ…。」
結局、俺が木登りする羽目になってしまって、
すると、当然のように木の下から指図がとんでくるわけで、
「そっちの枝の方がいい…。」とかさ。
「ほら、こっちの実を取り残してるよっ!」とかさ。
お陰で、さっきまでのんびり昼寝をしていたはずの俺はきりきりと、
目が回るくらいに働かされて、
でも、なんだかくすくす笑っていたい気分のままで。


だって、やっぱり日差しはきらきらしているし、
吹き抜けてくる風は気持ちいいし、
緑の影はゆらゆらしているし、
なによりも木の下には、あんたがいて笑っているから。
ふざけて採った実を頭の上に落とすと、口を尖らせて怒っているのが見える。
笑っているあんたに、俺は手を振ろうとして…。
「あぁっ…!花沢類っ!!」
「え?」
そう思ったときは遅かったみたい、
俺の身体はバランスを崩して、そして目の前の景色が反転して、
「……!」







おかしいな、夢の中の話なのに。











「は…な…ざ…わ…る…い…!!」

               

目を開けて見ると、さかさまに牧野の顔が見えた。
「…あれ…?」
ぼんやりとした頭で考える。
確か、俺は木に登って…それから…どうしたんだっけ?


「大丈夫…?」
心配そうにのぞきこんでくる顔に、こたえる。
「…ん…なんとか。」
周りを見まわして気がつく…ここはいつもの非常階段で、
目の前にいる牧野は制服を着てる、おかっぱ頭のいつもの牧野なわけで、
どうやら壁にもたれて眠っていた俺は、体勢を崩してひっくり返ったものらしい。


「…ビックリした…花沢類ったら、階段から落ちそうになるんだもの。」
大きな目をくりくりさせて話す牧野に、俺はポケットの中にあったものを差し出す。
「…なあに…?」
「…あげる…。」
「これって、梅の実…だよね?」
「…そう…。」
不思議そうな顔の牧野に、うなずいて見せる。
「どうしたの…?」
「うちの庭になってる…。」
「これ、ハチミツにつけておくと梅ジュースができるの…。」
「ふうん…。」
「でも、こんなに少しじゃね…。」
ぶつぶつ言ってる牧野に誘ってみる。
「…じゃ、ウチに来て好きなだけ採ればいいよ。」
「…ほんとっ…?」
やっぱり、夢の中の牧野と同じ顔だった。







俺が好きなもの。
初夏の日差し、緑の木陰
木漏れ日とやさしい風に抱かれて、まどろむひととき。



でも、もっともっと好きなのは
あんたの笑う声とその笑顔。




                   


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