新緑の薫り漂う青空の下。
目映いばかりに光輝く白亜の教会に、厳かな旋律が流れ始める。
場内の談笑の声が途切れると同時に、司は待ちかねた視線をその扉へと注いだ。






















1分、2分・・・。
期待の花嫁は、一向に現れる様子がない。
進行役の神父の前で、次第に表情を強張らせてゆく花婿。

こういう時の沈黙は、異常に長く感じられる。
最前列を陣取った総二郎とあきらが、ついに逃げられたか?とでも言いたげに、
冷やかしの視線を投げてくるから余計に。彼は、ますます苛立った脚で床を打つ。



何もご丁寧に、こんな時まで遅れることねーだろうが!?



遅刻常習犯の彼女のこと。

土壇場で花嫁逃走!とかなんとか、明日の週刊誌の表紙を飾るネタを、
この場のほとんどの人間が予想しただろう状況なんか、
鈍い彼女はまったく想像もせずに、けろりと軽い調子で「ごめんね」
なんてほざいては、舌を出すに違いない。



・・・どうもあの女は、俺サマをなめ腐っている。



こっちは夜明けまで一睡もできず、片手では到底足りない月日の長さを持て余して、
夢が叶う寸前の、もう一瞬だって先送りにしたくないような焦りに、いったい何度
苦笑いしたことだろう。



その辺をあいつは、わかってんのか?!



















「ちょっとパパッ!しっかりしてよ!」

と、ドア一枚向こうの慌しい気配に、場内の緊迫は緩んだ。
どうやらやっと、花嫁の登場のようである。

それでも、司の不機嫌は簡単には落ち着かない。
なんせ、もう少しで「哀れな花婿」を演じさせられるところだったのだ。
この俺が、たとえ一瞬でも同情の眼差しを浴びたなんて許しがたい。
一言二言・・・いや十ぐらいの小言は言わせてもらう。

妙な復讐を決意して、司がもう一度その方向へと振り返った時、

「ほらっパパ!行くよ!」

場違いな気合の声と一緒に、そのドアは開いた。





「っ」

瞬間、不覚にも司の戦闘態勢は、一発で解かれてしまう。






「か、か、か、か、かっ・・・・っ」

っ可愛いっっ!!!








ひかえめな花の寄り添う黒髪、白く可憐なドレスに包まれた胸元。
ほんのりと赤く染まる頬、細い肩、その小さな指先まで全部。

ドレスに蹴躓いては、いかにも頼りなさそうな父親と二人、
必死の形相で体勢を立て直してヨタヨタと歩く様は激しく格好悪いのだが。

当然、総二郎はほとんど諦めたように額に手をやって、あきらといえば
ハラハラと冷や汗をかきつつ、類に至っては、堪えきれないとばかりに
腹を抱えて涙を流している。

だけど欲目だと言われようが何だろうが、もうそんなことはどうでもいい
ような気分で。

だらしない話だが、見栄や体裁とかいった種類のものをすっかり剥ぎ取られて
しまった顔面に、光速の勢いで集中してゆく血の流れは、とても止められそう
にもなかった。

目の前まで辿り着いた彼女の瞳に、思わずくらくらと眩暈までする始末。
おまけにその不用意な上目遣いで、あの悪魔の言葉を囁くのだから。





「ごめん、遅れちゃった」

「・・・・・・・・・」




はぁ、ダメだ、
負けた。



いっそ、この場で潰れるほど抱き締めてしまいたい・・・






そんな衝動を、長年鍛えぬいた理性で押さえつけるしかないような、
切羽詰った彼の苦悩にも気付かずに、彼女は神妙な面持ちで賛美歌の
調べに耳を傾けている。

その横顔も愛しくて、馬鹿馬鹿しいぐらい惚れぬいている自分を
彼は今日もまた自覚するのだった。
















───汝、
病めるときも健やかなるときも、
この者を愛し慈しむことを誓いますか?─────














問われるまでもない。
できるならこの手に閉じ込めて、守り愛したいと思う。

でも天邪鬼な彼女は、窮屈な指の間を軽々と擦り抜けてしまう。
だから俺は、ありったけの心を込めて、彼女を口説き続けるんだろう。



一生を。



切ないようなもどかしさと、
甘く幸福な悲鳴を噛み締めながら。

             










                                  fin



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