3 「んなこと知るかっ!俺は茶会の準備で忙しいんだよっ!」 「そんなのまだマシだろ!俺なんか朝っぱらからロス行きがキャンセルだぜ?」 都心の一等地に聳えるビルの高層階。 テーブルは蹴り飛ばされて横に傾き、エアチケットはあきらの手によって真っ二つに破かれている。 「先方はだらだら理由つけて逃げやがるし、どうも腑に落ちねーと思ったらてめーの電話だ。 えらい都合のいいタイミングだな?誰の根回しだ?」 「さぁね。ただ運が悪かっただけじゃねーの?」 司は空々しくとぼけると、ソファの上座に深々と身を沈めたまま、さも面倒くさそうに首を回した。 その悪運を呼び寄せたのは、まさに司自身であることは誰の目にも明らかであるのに、ふてぶてしさ満開のその態度がいっそうあきらの怒りに火をつける。 かねてより予定されていた、渡航予定であった。 もともと潔癖なあきらの性格上、今朝はいつもより1時間早く起きて、前日整えた荷物に、確認の目を光らせる。そして慣れたもんだと自己満足。 意気揚々さあ出発となった時、しかし、その悪夢はあきらの元に訪れたのだった。 けたたましく鳴る電話にイヤな予感。 案の定、内容は最悪で、予定変更の理由を粘り強く尋ねてみても、先方の歯切れは悪い。 とりあえず後日スケジュールを組み直す事で話をつけてから、電話を切った。 そこに頃合いを見計らったようにかかってきたのが、司の問答無用の召集命令である。 「お前に会うハメになる方がよっぽどついてないと思うけどな!!」 が、彼には蚊に刺されるほどの効果もなかったらしい。 「ふざけんな。久しぶりに俺から呼んでやったんだっ!ありがたく思えっ!」 司は鼻先の虫を払うようにしてそっぽを向いた。 仲間内でもずば抜けた家柄。 それ故の特異的な家庭環境のせいか、彼の質の悪さは折り紙つきで、ましては噴火直前の形相で脚を組替えては苛々と膝を揺する状態の司に、所詮いくつ常識をあげ連ねても無駄なのだ。 「で?類はどーした?」 一人の獲物も逃さないといった眼つきの司。 総二郎が携帯のメール画面を操作して投げやりに放ると、 re───どうせろくな用じゃないから、やめとく。 司が携帯をへし折る音と、総二郎の悲鳴が響いた。 専門分野は少々違う気もするが、そんな細かいことにはかまってられない。 笑いたけりゃ笑えと、半ばやけくそで呼び寄せたものの、果たして吉と出るか凶と出るか。 「女が機嫌を損ねると長いからな。とりあえず適当になだめてベットに持ち込め。 甘〜い言葉でいい気分にさせたら、すかさず押し倒す!」 「まず手の位置はここだろ。左手で腰を支えながら、右手で首から背中にかけてこう・・・」 正面のソファでは、総二郎とあきらが腕を絡めながら互いの唇を突き出している。 「くっだらねぇ。お前ら恥ずかしくねーの?」 司がいかにも寒々しげに見ると、 「バーカ。アレをくだらねぇとか言ってるヤツに限ってド下手なんだよ!」 「そうそう。てめーみたいにガッつきゃいいってもんじゃねーの。」 二人揃って吐き捨てた。 まさか見ていたわけでもあるまいが、ガッつくはあながち外れでもない気がするから、つい言葉が詰まってしまう。 それに気を良くしたのか、総二郎は意味深に唇を片方引き上げ、 「なんならレクチャーしてやろうか?」 いっそう華やいだ皮肉を囁いた。 「いやだね。これ以上こじれて堪るか。」 司が憮然と答えると、まだからかい足りないような無言の忍び笑いを返されて、またカチンとくる。 「ったく!もっと他にねーのかよ!一発で女の機嫌が直る方法がっ!」 堪らず語気を荒げてやり返した。 そもそも、悠長に下ネタで盛り上がってる場合じゃないのだ。 抱いて解決できるものなら、もうとっくに抱いている。でも爪の先すら触れられないこの状況で、それは簡単なようで一番難しい提案だ。 なにより、暇つぶしとばかりに尻軽女をとっかえひっかえ、そんな自称ナンパキングの教えなど、迂闊に信じて実行した日には、彼女は5秒で家を出るに決まっている。 それだけは避けたいから無様承知で相談なんかしているのに、総二郎はというとまったく友達甲斐がない。 総二郎にしてみれば、父である家元の名代を任される機会が増えた昨今、それをこなす貴重な時間を一方的に奪われた恨みは大きく、さらにささやかな息抜きのための重要アイテムまで破壊されたのだ。助言してやるだけ親切だと思う。 しかし感謝されるでもなく、こうも我儘に喚かれては我慢も限界というもので、 「うるせぇっ!それよりこのケータイどうしてくれるっ?!!」 総二郎は立ち上がりざま、眉間に激しく火花を散らせた。 当然、売られた喧嘩、買わなきゃ男が廃る。 「やんのか?コラッ!!」 司も負けじと胸倉を掴みあげた。 この二人が揃うと、碌なことがない。 「待てっ!落ち着けって!」 執務室の壁に、あきらの怒声が跳ね返る。 「いくら馬鹿でも、ここがどこかぐらいわかるだろーが。いい加減わきまえろっ!」 ローテーブルを挟んだソファの両端に引き離されてもなお続くあきらの説教に、司は鼻息を収めることができない。 あきらが言う通り、ドア一枚隔てた向こうでは、まさに秘書の一群が息を潜めて成り行きを伺っているに違いなかった。それを考慮するなら今はまず部下への体裁を整えることが上に立つ者の務めだろう。 だが頭ではわかっていても正面から放たれる総二郎の挑発を見逃すのは至難の業で、司はきりりと奥歯を鳴らした。 「まぁ、そう怒るな。」 「怒ってねーよ。めちゃくちゃイラついてるけど。」 子供扱いされたようで、司はますます腐った態度と取ると、 「女なんか自分勝手な生きモンなんだぜ?それにいちいち付き合ってちゃキリがねー。 こういう時は適当に持ち上げといて時間を稼ぐ。とにかく頭を冷やす方が先決だ。」 さらに大人振った論理で諌められる。 その司をよそに、あきらは余裕の表情で秘書を呼びコーヒーを頼んだ。 昔からこいつのこういうところがムカつく。 血が昇って反発心ばかりが占めるのぼせた頭に、いつもいきなり冷水を浴びせられる。 ここでまた喧嘩をふっかけたら、まるで本当の子供じゃないか? 「持ち上げるっていっても・・・じゃあどうすんだよ?」 しょうがなしに記憶を巡らせるが、過去のデータにはその経験の影すらない。 なんせ彼女に出会うまで、女はお試し程度にしか考えていなかったし、気持ちを探るほどの興味もなかったから、いざ方法を問われても困ってしまう。 「とりあえず女が好きそうなもんで気を逸らせる。プレゼント貰って嫌がる女はいないだろ。」 「プレゼント?」 素っ頓狂な声をあげて目を見張る司。 フッと不敵な笑みを浮かべて、あきらの提案を蹴り飛ばす。 「わかっちゃねーな。相手はあの牧野つくしだぜ?」 司は届いたばかりのコーヒーを、気休めに一口啜った。 「ちょっと前の話だけどな。実は今晩入ってるパーティー用にドレスを買ってやろうとした訳よ。 いつまでも姉ちゃんのおさがりっつーのも気分悪いし、他人任せだといまいちあいつに似合わねーし。 かといってあいつに選ばせたら、ネットオークションでン千円の服なんか物色してやがる。」 『もったいない』が常套句のつくしである。 いついかなる時も脳内電卓が弾き出す答えはその言葉のようで、しかも彼女の安物好きは通例であるから、100均で欲しかったものが手に入ったと自慢しようが、通りがかりの車からタイムセール中のスーパーに気を取られて騒ごうが、そんなのは慣れている。 でも代議士のパーティーに、いくらなんでもそれはまずい!彼女は冗談だと零したが、怪しいものだ。 「たまにはあいつに似合うもんを思う存分、俺が選んでやったっていいだろ? 一緒に出かけて、いろいろ着せ替えて、一番いいもので飾らせたいだろ!? お前らわかるかっ?この純情な男心がっ!それをあの女っ!!」 “だって動きにくいし。” ───言ってのけた。 「アクロバットでもしようってのか?それとも跳び箱でも飛ぶってかっ?!あぁっ?!」 結局、ごねる彼女を引きずるように店に押し込んだ。 上質なシルクのクリームイエローに、細やかなビーズの彩り。 膝を擽るやわらかな裾のラインが、彼女を清楚にひき立てている。 初めぐるぐる目を回していたつくしもまんざらでもない様子で、司は店員の賞賛を浴びるなり、心躍る心地で得意になった。 でも一瞬先、試着を終えた彼女は、やっぱり贅沢すぎると理由付けて、彼の天井近く伸びた鼻を叩き折るのだった。 「可愛げねーのもそこまでくるとツワモノ。」 「ま、牧野に男心を悟れという方が無謀だな。」 嘲笑を含んだ総二郎の声と、あきらの諦めとも同情ともつかない口調に、無意識に長い溜息が一つ落ちる。 ドレスどころかあの調子じゃ当然、つくしは今日のパーティーごとキャンセルだろう。 それは体調不良とか何とか適当に誤魔化せばいいが、自分だけ帰宅が先延ばしになる痛手は大きい。 叶わないと知っていてもまだ、せめて笑顔の出迎えを期待している自分が、正直ちょっと情けなかった。 「俺だっていろいろ気ぃ使ってんだ。あいつがイカる理由なんか全然分かんね。」 お手上げの文字通り、両手を挙げて降参のポーズ。 「面倒くせーな、女って。」 思わず漏らした司の愚痴に、総二郎は見切りをつけて一瞥する。 「アホらし。だからお前はガキだっつーの。」 「なんだと?」 燻っていた導火線に突然横から火を投げ入れられて、司のもともと少ない平常心は一気に雨空の彼方へ。 「ふん。てめーの浮かれ頭で理解できるほど女は単純じゃねーんだよ。 さっさと捨てられろ。初心者ヤローがっ。」 総二郎のとどめのセリフを合図に、コーヒーカップが宙を舞う。 あきらがあっと息を飲む間もなく、執務室に6月の嵐が吹き荒れた。 ・・・結局、なんの進展もない。 八方塞りであった。 4へつづく