久しぶりのデートは、ちょうどイヴの日で。

指を折りながら数えてみると、それはちょうど3週間ぶりのデートで。

その久しぶりのデートに、司は小さな天使を連れていた。




























さすがに、恋人同士の最大のイベントであるクリスマス。
街中カップルで溢れかえっている。
まぁ、あたしもこれからそうなる予定なんだけど。


久しぶりのデートで、イヴなんて。
ちょっと嬉しいかも。


油断していると、緩む頬に気合を入れなおすと
司がいつもやってくる方向を見据え続けた。


けど。
いくら待っても来ない。


おかしいな・・・・・・
あたし、時間間違えたのかな・・・?


少し不安になって、司に電話をかけようとカバンを覗き込んだそのとき
後ろから、久しぶりの司の声。


「牧野!わりぃ!遅れた」


ん?いつもと逆方向から?
ゆっくりと振り返ると、やっぱりそこには司。



遅刻してきた文句を言ってやろうと口を開きかけた時
小さくて、ふわふわしたものが視界に入る。

ゆっくりと視線を下ろす。
あたしの目に写るのは、司にはとても似合わない小さな女の子だった。

小さくて、ふわふわした栗色の髪の毛。
フランス人形のように整った、顔立ち。
真っ白いコートを着て司の横に佇む少女はまるで、天使のように見えた。



あたしは、司と繋がっているそのふわふわしたものを確認して
再び司に視線を戻す。

バツが悪そうにニヤニヤしている司に、
今まで張っていた、気合とか緊張とか、そういったものが一気に足元から抜けるのを感じた。












別に、怒っているわけじゃないけど・・・・・・
やっぱり、2人で過ごしたかったなぁ、なんて思っているわけで。












「司おにいちゃん、あたし、イチゴパフェ食べたい」

との一言で、近くのカフェへと連れてきたけど。


カフェでイチゴパフェはないわけで・・・・・・
無理やり、イチゴがたっぷりとサンドされたミルフィーユで納得してもらった。




ミルフィーユと格闘している少女を横目に、司に視線を送る。


「な、なんだよ」

「まず、なんでこうなったのかあたしに聞く権利あるよね?」

「お、おう。そうだな」

椅子の背もたれにかけていた体を起こすと、司はそのままテーブルに置いたタバコに手を伸ばした。

「あー・・・、こいつは、俺の・・・」

「こいつじゃない!カノンだもん!!」

右手にフォークを握ったまま、急に顔を上げると、カスタードをつけた口元で司を睨む女の子。

「それと!あたしの前で、タバコはやめてって言ったでしょ!!」

「わ、悪かった」

タバコを咥え、ライターを口元まで持っていっていた司は
思わずタバコをポロリと落とすとライターをそのままテーブルに戻した。




・・・なんでそんなに、素直なのよ。
あたしが、タバコやめてっていってもなんだかんだ理由つけてやめないくせに。


睨みを効かせてみるけど、司には伝わっているのかどうか。


って、あたしなんでこんな小さい子相手にムキになってるのよ。


自分を落ち着かせようと、目の前の紅茶のカップを両手でそっと包み込んだ。
ゆっくりと温もりが掌に移りだす。
すると不思議と、自然に心が落ち着くのだ。

いつも、ケンカになりそうなときはこうやってやり過ごす。

再び、ミルフィーユに関心を向けた少女を確認すると
あたしは、続きを司に促した。




「・・・で、カノンは俺の遠縁にあたるらしくてよ。今日はタマが見てるはずだったんだけどよ・・・
 その・・・なんだ・・・午前中、こいつ・・・」

こいつ、という言葉に反応してカノンちゃんはギロリと司を睨んだ。
それに気づいた司は、あわてて言い直す。


「コホン。午前中カノンを見てたら、腰おかしくしちまってよ」


司は、カノンちゃんの口元のクリームを紙ナプキンで拭うと、そのまま話を続けた。


「まぁ、お前との約束のこと知ってたから、タマのやつ自分で見るって言い張ったんだけどよ
 あんなよぼよぼに預けといて、次の日寝込まれちゃたまんねーからよ」


ま、まぁね。
6歳児のパワーはすごいものがあるし・・・・・・


って、あれ?
なんか・・・
デジャヴ。



しばらく記憶を辿ってみると、昔、同じようなことが・・・
あった・・・気が・・・・・・



あぁ!!!
リュウだ!!



TOJの次の日・・・
そうだ、コレとおんなじ様なことがあった。
立場が反対だったけどね。




司は覚えてるのかな・・・・・・




「んでよ、総二郎やあきらに電話したけどよあいつらも予定が入ってるとかで断られてよ」



あたりまえじゃないのよ。
あの2人・・・特に西門さんなんて、大忙しよ。



「・・・類は・・・類は空いてたらしいけどよ、あいつの預けんのも・・・・・・」


そ、そうね。
それは正解だったかも。


「まぁ、昔お前にも同じようなことやられたし」


ニヤリと口元をあげる司。



あ、覚えてたんだ。



「いいよ別に。リュウんときのお礼ってことで。で、カノンちゃんは何時まで預かればいいの?」

「8時。8時にパパが迎えに来るの」


司に問いかけた答えは、ミルフィーユを食べ終わった彼女から帰ってきた。
そして極めつけの一言。




「これから、あたしに分からない話はしないでちょうだい!そして司おにいちゃんを呼び捨てにしないで!」


「・・・・・・随分、気に入られたみたいね、司君」



司は、大きなため息をつくとテーブルに突っ伏した。



ふふん、と勝ち誇ったようなカノンちゃんの微笑み。
それに負けずにあたしは、最上級の微笑を彼女に送る。




この、くそガキ〜!!!
あたしは、テーブルのしたで両手を握り締めた。
































少し先を歩くカノンちゃんは、片手にソフトクリーム、もう一方には風船を持ってご機嫌。

さすが、道明寺家よね。
街角のソフトクリームなんて食べたことなかったんだろうな。

司に買ってもらった風船を、嬉しそうに眺めながら歩く姿は、やっぱり6歳児で。
それでも、将来はいろいろな制約の中で生きていくのだろうと思うと少し、寂しくなった。



司も、なんだか寂しそうな目でカノンちゃんのはしゃぐ後姿を見つめていて。
きっと、自分と重ねてるんじゃないのかな、なんて思ったりした。

でも、司にはあたしがそばに居るよ?

そう伝えたいけど。上手く言葉にできなくて。
あたしは、隣を歩く司の手にそっと自分の手を重ねた。


司はそれに気づくと、視線をカノンちゃんに置いたままゆっくり微笑んで
あたしの手をきつく握り返したから
あたしも負けずに、きつく握り返した。




けれど、そのあとすぐカノンちゃんのチェックが入り、司君とは(笑)引き離されてしまうのだけどね。





夕方になって少し増えてきた人波に、カノンちゃんを呼び戻そうと思った瞬間、
ふざけていた友人に押されて人波の列から飛び出した少年と、カノンちゃんがぶつかった。


その衝撃で、彼女の手から風船が飛び立つ。


「あ!」


一言だけ声を上げると、カノンちゃんは何も言わずにフワフワとだいぶ暗くなった空を漂う赤い風船を見つめていた。



けど、問題はそれだけじゃなかったようで・・・・・・



ぶつかった少年の舌打ちで、再び視線を戻したあたしはべったりとソフトクリームが
少年のズボンについているのを見つける。


「ごめんなさい、大丈夫?」

コートのポケットからハンカチを出すと、少年のズボンを拭った。

「あ〜あ〜、べたべたじゃん」

「てめぇの子供ぐらいしっかり見とけよ!」

かがんでいるあたしの上から降る、怒鳴り声。
一方的に攻められる。
カチンときて、言い返そうとしたそのとき

「あなたから、ぶつかってきたんでしょ!あたしちゃんと気をつけて歩いてたもん!」

目に涙をためながら、体全体で抗議するカノンちゃん。
その小さな手は少し震えながら、あたしのコートの袖をぎゅっと握っていた。

「・・・んだと?」

小さな少女に言い返された少年は、顔を赤くする。
少年はその羞恥心を暴力に向けたわけで。
カノンちゃんに向かって右手を振り上げると、思い切り振り下ろした。
大きな瞳をキュッと閉じるカノンちゃんが視界の隅に写った。

瞬間、体が勝手に動いていて。
屈んでいたあたしは、迷わずカノンちゃんの前に倒れこむ。
少年の下ろした右手は、乾いた音と共に、あたしの頬に見事にヒット。



いったぁぁぁ。



周りの人がいっせいに動きを止めて。
のんきなクリスマスソングだけが聞こえる。



ジンジンと痺れる頬に手を触れながら、少年を睨むと
少年は少し怯んだように、後ずさる。

けどそれはあたしが睨んだからではなく、司の殺気によって、だったらしくて。
ただならぬ気配に、あたしも後ろを振り返ると険しい顔をした司が真後ろに立っていて。

あ、やば。
と思った瞬間には、司の右ストレートが少年に決まっていた。


「たしかに、子供から目を離してた俺らにもわりーとこはあると思うけどよ。
 なにも、殴ることはねぇよな。おまけに、お前の殴った女は誰だか知ってんのか?あぁ?」


「つ、司!!もう、もういいから!」

あたしはあわてて少年の胸元を掴む司の腕を振り解いた。

「カノンちゃん、怯えてるから!!」

「カノンちゃん」の言葉で、司は手を緩めると大きな瞳に涙をためているカノンちゃんを抱き上げた。

「・・・怖かったか?悪かったな」

司に抱きとめられたカノンちゃんは、ポロポロと涙を落としながら小さな腕を司の首元に回した。



何時の間にか少年達はいなく、周りも元の騒がしさを取り戻していて。

あたし達も、その人波にまぎれる。


けど、まだ心臓がバクバクしてる。
よかった、あたしで。
もしあの少年の手が、カノンちゃんに振り落とされていたら・・・・・・


前を歩く司に抱かれているカノンちゃんに視線を送る。
司の肩ごしにこちらを見つめる大きな黒目がちの瞳。
まだ、涙の跡が残る白桃のような頬。


あたしは、どうしていいか困って。
恐る恐る、微笑んでみた。


そんなあたしを見て、カノンちゃんがパクパクと口を動かす。


え?と思って瞳で問いかけると


彼女の口元が、再び動く。



『あ・り・が・と』



あははは。
いじっぱり。

これはきっと道明寺家の血筋だろう。


あたしは、にっこりと微笑むと、照れながら差し出された小さな両手を司の背中ごと抱きしめた。































サバティーニで夕食を済ませた後
最後に、観覧車に乗りたいというカノンちゃんのリクエストでお台場までやってきた。



ゆっくりと回る、大きな輪に見とれながら順番を待つ列に並ぶ。
カノンちゃんを間にはさみ、小さな手を握りながら何気に真横を向くと、司と視線が合う。

カノンちゃんとは繋がってない手であたしの頬を撫でる。

「まだ、赤いな・・・・・・」

まだ、熱をもって痺れていたけどあたしは平気なフリをした。

「でも、もう痛くない」

「・・・悪かったな、守ってやれなくて」

「あはは、平気だよ。大丈夫」


『司が仕返ししてくれたから、あたしもすっきりした』

カノンちゃんに聞こえないように、司の耳元で囁いた。





観覧車に乗り込むと、あたりは真っ暗で。
けれど、ぽつぽつと浮かび上がる灯りにまるで星空の中にいるみたいだ。


「わぁぁぁ」


カノンちゃんが歓声をあげて窓に張り付く。


「すごいね」

「あぁ」


どこからが空で、どこからが地上なのかが分からない。
そんな景色に、言葉が出ない。

けれど、だんだん見慣れてくると、空と地上の境目も見えてくる。
少し残念に思いながら司を見ると、司は優しげな微笑を浮かべてカノンちゃんを見つめていた。

あぁ、しっかり情が移っちゃってるじゃない。
まぁ、あたしも人のこと言えないのだけど・・・・・・

頂上についても、カノンちゃんは窓から離れることはなく飽きもせずに外を眺めていた。


「ね、カノンちゃんのカノンって、パッヘルベルのあの、カノンかな」

「あ〜、そうなんじゃね?たしか父親、指揮者だって言ってたから。たしか母親も音楽関係の仕事してるぜ」


し、指揮者って。
道明寺家って・・・なんなのいったい。




でも、だから今日忙しいのか、なんて思ってみたり。


「そ、そうなんだ。あたし、あの曲好きなんだよね。なんか暖かくなれる。
 初めて聞いた時、天使が踊ってるとこ想像した」

「天使かよ」

ぷぷぷ、って笑いを零してる司を睨む。

「なによ。いいじゃない」

「この天使にはやけに振り回されたけどな」

カノンちゃんへと視線を送る司。
ゆっくりと頭を撫でるとそのまま手をカノンちゃんの顔へ移動させる。



せっかくの空が見えなくて抗議の声を上げるカノンちゃんをよそに、
そのまま大きな瞳を隠すと、あたし達は天使の上で甘いキスを交わした。




























20分の空への旅を堪能した後地上へ戻ったあたし達は、自然とカノンちゃんを間に挟み横に並んだ。

これから、どうしようか、なんて思っていると、携帯が鳴る。
カノンちゃんが、ウサギのバックの中から小さな手で音の原因を取り出すと、慣れた手つきで通話ボタンを押した。


「・・・・・・うん。カノンだよ。・・・・・・うん。うん。今?司おにいちゃんと、司おにいちゃんのカノジョと一緒」

ちらりとあたしを見ると、あわてて視線を外す。

「・・・わかった」

無言で司に差し出される、携帯。

「パパがお話したいって」

司は、歩きながら携帯を受け取ると反対の腕でカノンちゃんを抱き上げた。

「もしもし。・・・あ、いえ。平気ですよ。こちらも楽しかったですから。あ、はい。じゃあと30分くらいで。・・・じゃ」

司は携帯をカノンちゃんに返すと、ゆっくりと微笑んだ。

「カノン。あと、30分でバイバイだ。パパ迎えに来るってぞ」

カノンちゃんはそのまま司の胸に顔を埋める。
司のジャケットを掴むと、小さな声で「おりる」とだけ告げた。

ゆっくりと足をアスファルトに下ろすと、カノンちゃんはあたしと、司の間に入る。

「カノン・・・手、繋ぎたい」

急に自分のことを、名前で呼び出したカノンちゃんにあたし達は顔を見合わせると
どちらからともなく、手を差し出した。


そうだよね。まだ自分のこと名前で呼ぶ年齢だよね。
あたし達の前では、強がらなくていいんだよ?
まだ、6歳だもん。

「あたし」なんて言わないで
素敵な名前、もっと聞かせて?


「ね、カノンちゃん、ブランコやってあげようか」

上半身を少し屈みこむよう倒して、カノンちゃんに話しかけると
キラキラした瞳を、うんと細めて頷いた。

「よしっ。じゃ、司君いくわよ?」

「・・・・・・それやめろ。きもちわりー」

あたしの「司君」にひとしきり笑った後、あたし達はカノンちゃんの腕を思いっきり引き上げた。








いつのまにか、待ち合わせ場所についていて。
そこには、カノンちゃんのパパが待っていた。

手を振り解いて
パパのそばに駆け寄るカノンちゃんに、すこし寂しさを覚える。
それでも、嬉しそうなカノンちゃんの顔にこっちまでも嬉しくなってきて・・・。



何度も何度も頭を下げる、カノンちゃんのパパ。



そうよねぇ、いくら親戚って言っても、天下の道明寺財閥のお坊ちゃんに子守させちゃったんだもんね・・・。
しかし、こいつが子守・・・


ぷぷぷ。
視線を外して、笑いをかみ殺していると足元に影が広がる。


「・・・おねえちゃん。今日、ありがとう。カノン楽しかったよ」

いつのまにか足元に佇むカノンちゃんに驚きながらも
あたしは視線を合わせるべくしゃがむ。


「カノンちゃんが嬉しいと、おねえちゃんもうれしいよ」


カノンちゃんは照れたような笑顔を浮かべると、ゆっくりと頬に小さなキスをくれた。
恥ずかしそうに去っていく背中がなんだか愛しくて、もっと抱きしめればよかった、なんて思ったりした。





「なに、ニヤニヤしてんだよ」

カノンちゃんを見送りながら自然に頬が緩んでいたらしい。

「えー・・・、楽しかったなぁって思ってさ」

「それにしちゃぁやけに嬉しそうじゃねぇかよ」

「あはは、カノンちゃんからのキス、司とのキスよりも嬉しかったりして・・・・・・」

「んだと、コラ」


笑いながら、あたし達はさっきよりも長めのキスをした。









            


                       merry Xmas!





                                      

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